第1回 賃借人との信頼関係について(前編)
今回は、借地・借家契約を解除する場合などに問題となる賃借人との間の信頼関係についてご説明させて頂きたいと思います。
1 信頼関係破壊の理論
契約当事者の一方が債務不履行(契約違反)をした場合、相手方は履行を催告した上で契約を解除できるのが原則です。もっとも、借地・借家契約の場合は、軽微な債務不履行で解除されると賃借人にとって酷であるため、契約解除できる場合を制限すべきものと考えられています。
そもそも賃貸借契約は、賃貸人と賃借人との継続的な契約関係であり、両者の信頼関係を前提に成り立っていますので、賃借人に債務不履行(賃料滞納、用法違反、無断譲渡・転貸等)があったからといって直ちに契約解除できるわけではなく、賃貸人との信頼関係を破壊して契約の継続を困難にさせるほどの重大な不信行為が必要とされています。これは信頼関係破壊の理論と呼ばれており、判例上確立した考え方となっています。
もっとも、具体的にどの程度の不信行為があれば契約解除できるのかについては事案によって異なりますので、実際の裁判例でどのように判断されているかを若干ご紹介させて頂きます。
2 裁判例
⑴ 賃料滞納
賃料の支払は賃借人の最も中心的な義務ですが、一般的には、概ね3ヶ月程度の滞納があれば信頼関係を破壊するものとして解除可能と言われることがあります。
もっとも、実際の裁判例では、滞納が3ヶ月以上に達していても解除が認められなかったケースがありますので注意が必要です。たとえば、借地契約で12ヶ月分の地代滞納があった事案ですが、過去に滞納が生じたときに賃貸人が異議を述べていなかったことなどに鑑み、契約解除は許されないと判断した裁判例があります。
また、借家契約で最大約12ヶ月分の家賃滞納が生じていた事例では、その後に賃借人が滞納分をまとめて支払っており、賃貸人が解除通知をした時点ではほぼ滞納が解消されていたことから、当該解除は無効と判断されたケースもあります。
その一方で、僅か1~2ヶ月程度の滞納に過ぎない場合であっても、たとえば過去に賃借人が賃料滞納を再三繰り返していたなど背信性の強い事情がある場合は、信頼関係の破壊に至ったものとして契約解除が認められることもあります。
⑵ 賃借権の無断譲渡・無断転貸
賃借権の無断譲渡・無断転貸も賃貸人にとって重要な問題ですが、この場合も賃借人に重大な不信行為がない限り解除は認められません。
たとえば、借地上の建物に居住する借地人が同居中の子に借地権を譲渡した場合や、賃借人である個人事業者が法人化したものの経営実態は変わっていないような場合は、形式的には賃借権の譲渡に当たるとしても、賃借物件の使用状況や賃料の支払状況は実質的に変わらず、賃貸人への影響は少ないと言えるため、信頼関係の破壊には至らないと判断されやすいところです。
3 まとめ
以上のとおり、賃借人の債務不履行が信頼関係を破壊する程度に至っているか否かは様々な事情を考慮する必要があるため、容易に判断できないケースも少なくありません。
過去の裁判例を踏まえて見通しを立てることが重要ですので、契約解除をご検討中の方は専門家にご相談されることをお勧めいたします。
次回の後編では、上記以外の債務不履行についても裁判例をご紹介させて頂きたいと思います。
(著者:弁護士 戸門)